光を見ている

まるっと愛でる

支配された、い

「Black of night」を見つけて、聴いてしまいました。最高でした。ということで、ポチりました。相変わらずモーションが速い。

で、です。「NOROSHI」がその年のジャニーズ楽曲大賞1位だった裏で、関ジャニ∞ファンの方が口々にこの曲を絶賛していたと言うか、ひれ伏していたのを思い出して。はてブでも沢山の考察ブログがあり、安田さんが描く世界は本当にすげ〜な〜なんて思っていました。

いざ聴いて、かっこいいのはもちろんのこと、なんて難解で恐ろしい曲を作るんだこの人は、と思いました。そしてそれ以上に、あの曲の中での安田さんの憑依型の演技力、というか、表現力の恐ろしさをまざまざと見せつけられて、ちょっと唖然としてしまいました。ちょっとメモにまとめていざツイートすんべ、と思ったら収まりそうにない文字数なのでこっちに書きます。こんなテンションの私が書いているのでそれなりの重量感です!

 

 

 

 

はてブの考察記事を読むと、多くの人があの曲から生死、特に死の香りを嗅ぎ取っている印象です。

 

いつからか元の世界見失った 僕たちは
永遠に出られない 暗闇のラビリンス

 

サビに何度も出てくる歌詞ですが、この出口のない感じとか、終わり方とか、やっぱり生死に関わる世界観の歌なのかな、なんて思いながら聴いていました。

7人の歌声、佇まいともに、ある種の重さ、冷酷とも取れる静けさが漂っています。その中でもすばるさん、亮ちゃん、村上さんの声は生きる力を見失わない強さを持った声、月のように暗い中でも光る、生の象徴。横山さん、大倉くんの声は水がほとばしるような、こちらも生の象徴。丸山さんの声は生死どちらの要素も持っているけど、触ると体温を感じるような声だな、と感じました。

あの曲の中で安田さんだけは、歌声、佇まい、そして安田さん自身を、歌詞や演出、世界観に合わせて急に体温、肉体、呼吸までもすっと消してみせる。急にこの世界の中で生きる人をやめて、世界そのものになってしまう気がして、率直に言って恐怖を感じました。作詞作曲者として、あの曲を生んで命を吹き込んだのは安田さんのはずなのに、コーラスで彩りを与える役割まで果たしたのに、あの中で歌う安田さんが一番生から遠いところにいた気がして、このままどこかに行ってしまう、という危険信号のようなものを感じました。

 

 

少年倶楽部での「desire」を見たとき、作詞・すばるさんの歌声が血液を巡らせて生命力がほとばしったような歌声をしていたのに対し、作曲・安田さんの歌声はまるでベッドに一人で座り込んで孤独な情景を歌っていたように感じて、当時はすばるさんが感情・心、安田さんが言葉・頭を担っていたのかな、と思っていました。それが「Black of night」を聴き、安田さんの自分自身の存在を曲の情景に溶け込ませる力を感じ、改めて見てとんでもない人だなと思いました。

歌に自分を合わせる力もそうですが、生を消す技術を、生の感じなさと言い換えれば、それはかつて二次元分野がいたところではないかと思います。しかし、アイドルに関して言えば現在は二次元は三次元に近づき、そして二次元のアイドルはリアルさ、より生きている感が求められ、実現されています。そんなより生きている感、生身の人間との近さが求められる中で、生身の人間である安田さんは、自分の身体を消し、世界そのものになる方法を取り、その流れに逆行してみせる。アイドル=象徴の時代に戻ったというか、自らを誰も触れられない神にしてしまえる力というか、代わりのきかなさを持つ人だな、と感じました。アイドルが身近になっていく中、ステージの上、見せている自分と観衆との絶対的な立場の線引き、ステージの上や画面から出て来る流れに乗らないスタイルを持ち続ける美学と、そうできるだけの表現力、自己プロデュース力、不在になることで感じる独特の存在感、自分の分身が自分を飲み込んでしまうのを目撃したような恐ろしさ...

 

 

 

本当に、安田さんの表現力の凄さって言葉にするのが難しいです。懐の深さと技術があって成せるものなのかなと、あまりにも壮大すぎて想像することしかできないのですが、こんなことができるのは、安田さんが何でもできるアイドルの立場から表現をするからなのかなと思いました。

分かりやすい専門性を持たないことで、いつまでも半端者と軽視され認められないのって、アイドルに限らずとも、学びの場や業種によってもあることじゃないですか。その段階から抜け出してと、いうかそんなものを超越し、自分の世界を創り上げ、分かりやすいアイコンとして君臨するわけではなく、ひっそり支配者として世界を決定する。そこから素晴らしい歌だ、作品だ、パフォーマンスだと感動を得る度に、安田さんの掌で転がされているのだ、支配されているのだと寒気のような快感を覚えてしまう。ストーリーテラーであり演出家であり原作者であり演者であり、最早世界そのものになれる安田さん、マジでヤッベえな...と思ったのでした。

 

 

終わらせる勇気があるなら 消えない悲しみがあるなら

私の人生初のジャニーズのライブ、関ジャニ∞「十五祭」初日札幌、参加してきました。まず、ほんっっっとうに楽しかった!!!!!!

細かい感想は、正直トリ頭ゆえに覚えきれないのと、この感じが初日特有のものなのか私には掴めなくて、感じたことを残しておきたくて、できたらこんな感じだったんだ、なんて思ってくれる人がいればと思うので、感想書きます。セトリ、楽曲には触れないように書きたかったのですが...ごめんなさい、1曲だけ、去年リリースしたあの曲にだけ触れます。8人時代、7人時代のメンバーの名前が出てきます。どうぞ読み進めるかご自分で判断していただいて。では。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十五祭を見て、確かに祭りと銘打っただけあって本当に楽しくて、華やかで賑やかでした。でも、私が今まで見てきた関ジャニ∞のライブと違った空気が流れていたように感じました。彼らはこの十五祭で、これまでに区切りをつけにきたように感じました。

去年のGR8ESTの生々しい痛みは、なかなか消えなかったし消せなかったものだったと思います。私がジャッジできることではないですが、メンバーを1人失い、1人は怪我を負ったままでも、彼らは不完全な姿でステージに立ち、喪失も緊張も焦りも笑顔も感傷も、リアルタイムで起こっているものをそのまま見せてくれました。隠したり、隠しきれなかったものがこぼれてしまったりしながら。

6人で動き出してから1年、そして15周年を迎えた今の関ジャニ∞は、痛みも喪失も公の表に出せるほどになり、感傷や苦しみまでもを静かに語ることができるようになっていました。

15周年を迎えた今回の関ジャニ∞のライブは、これまでの出来事を全て過去にして、これからも進むために、それらにピリオドを打つためのものなのだと思いました。アルバムを提げたツアーではない、これまでの曲をやるアニバーサリーツアーなのだから、懐かしさが漂うのかなと思っていたのですが、みんな未来を見て、多分ここで立ち止まるつもりはないのだと感じました。過去はあまりに偉大であまりに大切なものだから、切り捨てられるはずがありません。それでも6人で先に行くしかないのだから、全てを抱えたまま未来に向かっているのだと、そんな気概を感じました。ファン歴が長い方にとっては、この曲をやったのか!だとか、今この曲をやるってことはこんなメッセージを込めているんだろうなだとか、私より気づくことが多いことでしょう。ファン歴がそんなに長くない私は、どの曲をやったのも、本当にお祭りだから、お祝いだから選んだのかな、と思いました。例えばJAMコンのAnswerとノスタルジアが、意図したのか偶然なのか、7人最後のユニットソングが3馬鹿と年下に分かれたように、どの曲にも曲そのものが持つエモや言葉の力、歌声の力以上の何かは感じさせない、純粋に歌ってくれて楽しい、踊ってくれて嬉しい、と感じました。うん、本当にてんこ盛りで楽しませてくれる祭りでした。

でも、何回かすばるさんのパートだったところで誰も歌わなかった無音の瞬間があって。映像があって。照明も8色あって。前に行こうとするくせに、急に生々しさが蘇る場面もありました。でもだからこそ、人間くさい、全てを捨てることができない、取り繕うこちができない、不器用でまっすぐな関ジャニ∞が愛おしかったです。

 

 

 

出来事ではなく姿勢を以って先に進む、歴史を重ねる。そんな年にしていくためのこの祭りなのかなと思いました。去年の関ジャニ∞を象徴する曲と言えば「ここに」だと思います。しかし、去年はどこか自分たちを鼓舞するように聴こえた「ここに」は、今の関ジャニ∞が歌うことで、本当の意味での「始まるんじゃない 始めるんだぜ!」になったのかも、なんて思いました。

十五祭を見て、これから関ジャニ∞がどこへ行くのか、俄然楽しみになりました。多分関ジャニ∞は、もう未来に向かう準備も覚悟も出来ています。続きをこれからも切り拓いて行ってくれるだろうし、関ジャニ∞としてこれからも生き続けて行ってくれるだろうと思います。どんな形になるかはわかりませんが、これからの行き先も、一緒に見させてほしい。そう思った十五祭でした。

進んでくれて、ありがとう。諦めないでいてくれて、ありがとう。これからも、どうぞよろしく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に、村上さんの歌声について。相変わらず村上さんは演者のままで、今までライブDVDで聴いてきたようにまっすぐな歌声でした。そして、実際歌う姿を見ると、聴いているファンに寄り添うように歌い、力強く引っ張り上げるように歌い、隙間を作らないように歌い。そして、村上さんって、振り付けがないところでもずーっと踊っているんですよ。ゆらゆら揺れたり、移動する時にステップを踏んだり。そーゆーとこツボなのさというか、マジで愛おしいです。どうか、村上さんがずっと楽しく歌って踊っていられますように。ずっと楽しくアイドルをやっていけますように。

 

共に夢を歩ませて

この1年、ジャニーズの大きな動きと言えばやはりJr.の活動範囲の拡大でしょう。ジャニーズJr.チャンネル、毎回楽しく見ています。ジャニーズのきらめき、そしてJr.特有の若々しさや爆発力が新鮮で楽しくて、めちゃめちゃ恩恵にあずかっています。それでも、私はJr.を推すことはないと思っていました。

それには理由が二つあって。一つは、デビュー組でも全くないことはありませんが、やめる人は圧倒的にJr.の方が多いからです。グループができて、選ばれない人がいて、ある日いなくなるというのを何度も見て、もし自分の好きな人がそうなってしまったとき、あまりに辛い。それが怖くて、深入りするのが怖いと思っていました。

そして、いわゆるデビュー組の特権である、ある程度の安定感が、私の肌に合い、また私のヲタクをするうえで大事な要素だったからです。

人に対して無難な安定志向を持っているみたいで自分でも本当に嫌な奴だなと思う所なのですが、Jr.に近づかないようにしていたのは、未来の見通しが立ちづらい環境にいる彼らを見るのが怖かったからです。自分たちだけのフィールドが確立しておらず、歴が長くても持ち曲はCDデビュー組よりはるかに少ないJr.は経験でハンデがあります。私は、ジャニーズのグループについてはパフォーマンス、MC、立ち振る舞いが完成された美しさを好きになる傾向がありました。それは、私のジャニヲタ史がV6の20周年のタイミングから始まったのもありますが、EXILEが大好きだった時、HIROさんの勇退という、メンバーがいなくなる経験をし、それがとてもショックで辛くて、その時から誰かがいなくなることが本当に苦手になり、ジャニヲタになってもその傾向は変わらずにここまでやってきました。

 

Jr.チャンネルは、今までなかった露出の場であり、デビュー組のメイン戦場であるテレビと比べて演出が少ない分、個人の個性をよりリアルに感じられるコンテンツだと思います。雑誌のコメントよりも遥かに「素」の感じを見られるようになり、またライブ映像などのパフォーマンス動画が全体的に少なめなこともあり、よりパーソナルな部分を見られるようになったと思います。

チャンネルが開設しても、Jr.を推すつもりは本当になかったのですが、推しがいた方がヲタクは楽しいことはこれまでのジャニヲタ人生でよくよくわかっていたので、誰を好きになるのかな、と正直ドキドキしながら色々な動画を見ていました。その中で最初に何となく惹かれたのは、同い年だから、という安直な理由と、この人のさりげない、というか感覚的な気遣いと瞬発力面白いな、という理由で、Travis Japan松田元太くんでした。とはいっても、この人が好きだ...君が自担だ...というあの感覚って、やっぱりあるじゃないですか。惰性で推しだというのは余りに失礼なことだと思っているので、Jr.は好きだけど、やっぱりこの中からは推しは見つからないな、と思いながら、応援と言えるほどの熱量ではなく、緩やかに見ていました。

 

 

https://m.youtube.com/watch?v=8DVaZusp88s&list=PLBw8EmMNM8vzJRwZ05UlynrP563a65L0i&index=34&t=0s

 

 

ジャニーズしてる!とか、そこそういう感じの関係なんだ...とか、ヲタク的な観点から印象に残る人、印象に残る場面はどの動画にもたくさんありますが、その感じとはちょっと違う、関心したという意味で印象に残ったのが、この動画での如恵留くんの振る舞いです。音声ガイドの如くとても丁寧に、細かくわかりやすく説明してくれているのを見て、とても頭が良くて気遣いができて、何より会場で一緒になるであろうファンを置き去りにしない優しい人だな、と思いました。

その後も、趣旨の緩さとメンバーの全力具合がぶつかって面白いトラジャの動画を良く見ていると、なんとなくメンバーの個性だったり、担う役割なんかも見えてくるようになりました。特捜9で見る佐久間くんこと宮近くんはトラジャだと赤ちゃんとセンター二つの顔を持っていることを知ったり、しめちゃんの不思議っぷりにこいつただモンじゃねえな...と恐れ慄いたり、*1閑也くんの笑い声が予想以上に可愛かったり、ヒモだヒモだ言われている海人くんが鬼のようなスタイルとぽやぽやニコニコしていてこいつぁ沼だな...と悟ったり、松倉くんはシャイと盛り上がりたいと可愛いと可愛いと可愛いで出来上がっていたり、元太くんの人との距離の詰め方、懐の入り込み方はすげえな、などと、Jr.の知識はなんとなくレベルだった私にとって知らなかった面を沢山知ることができました。

その中で如恵留くんは最初からずっと、ハイスペックで頭が良くて、何より真面目で、という印象を変わらず持ち続けていました。Travis 幼稚園 Japanという異名を持つ賑やかで愉快なトラジャが話すときは場を回すことが多く、彼がMC役なのかな、と思いました。

MCでも頭の良さは滲み出てくる言葉選びをしますが、SixTONESの樹くんやSnow Manの深澤くんと比べても(優劣の話じゃないよ)、もしかしたらHiHi JETSの猪狩くんよりも小慣れていない感じで、丁寧で一生懸命で必死に喋るな、と感じました。

私は、Jr.の環境が今のように整う前のグループが乱立しだした頃、すとすのらぶとらと言われていた時代を知っており、その時にJr.にとってのグループの持つ意味の重要さを知りました。その頃から彼らを認識しました。トラジャを初めて見た時、彼らは9人でした。そして、メンバーが退所し、グループを抜け、そしてらぶがジャニーズから去り、如恵留くんはシンメを失った。Jr.にはよくあること、では済ますことはできない経験をしている人だ、ということを思い出しました。

その時に、如恵留くんのMCは、Jr.という土台の不安定さからグループを守らなければならないという必死さと、メンバーがのびのびできるグループの環境を壊さずにまとめたいという理想、この二つを両方持ってやり抜こうとしているように感じました。攻めではなく守りの姿勢を崩さず、新たなTravis Japanを一つにしたい、という思いを感じて、如恵留くんが見たいTravis Japanの景色を一緒に見たい、その道のりを応援したい、と急に強く思いました。

 

 

 

 

 

 

...という自分の感情に気付いた時です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これ、推しじゃね?如恵留くん、私の自担になったんじゃね?

 

 

 

いや〜びっくり。天啓に打たれました。ついにJr.に自担ができた。

と思ったのですが、何だかこの思いに罪悪感のようなものを感じているのです。

私はアイドルが好きで、アイドルファンを自覚しています。アイドルを好き、という時に誰々を応援している、と言う事がありますが、私はアイドルは文字通りに応援するものでないと思っていました。アイドルに頑張ろう、とは絶対に言えないです。アイドルと私は同じステージの上に立てないから、一緒に頑張ろうと、肩を並べて同じように歩くことなんてできない存在だと思っていました。ファンはどうしたってステージの上のものしか見られないから、成長の結果の姿を見て驚いて喜んで感動することはできても、その過程を見ることはできない。アイドルは育成ゲームじゃない。アイドルはファンのずっと先を見据えて歩いている人たちだから。何より、ステージではないところ、見せることを選ばない過程の部分に勝手に物語を乗せるのはあまりに高慢で乱暴なことではないか。勝手に自分も彼らのストーリーの中の登場人物になれるはずがない。好き、の前に応援したい、が芽生えたのは、アイドルを軽く見てしまったのではないだろうか。ステージが確立されたデビュー組はその距離感があるから安心できた部分があるけど、Jr.の近さには馴染めないと思っていました。

 

でも、少なくとも現時点で、この先何が起こるのか、デビューという一つのゴールがあるのかはわかりません。その点において、幸か不幸か、Jr.のいる環境の本質は大きく変わったわけではないと思います。

その中で、私の新しいアイドルファンの形を教えてくれたのが、如恵留くんとの出会いです。如恵留くんを、そしてTravis Japanを応援したい。一度自覚したら、もう取り消すことはできません。応援して、心の距離を、ステージの上よりも近くに置きたいと思うことをどうか許してほしい。あなたの掴もうとしている未来を一緒に見たい。見たい気持ちは一緒だと信じたい。私は如恵留くんの、Travis Japanを愛して、守ろうと沢山の努力の末に武器を得て、トラジャの物語の表紙ではなく、本文を綴ろうとする真面目さが大好きです。知れば知るほど、如恵留くんの根幹にはトラジャへの愛情が流れているように感じます。如恵留くんが愛するTravis Japanを、これから応援します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

固くて重い文章を書きました。如恵留くんに対して、一番に思ったのは応援したい、ですが、本能で好きッ...!!と叫んだのは、あんなにロイヤルなビジュアルをしているのに、ニット帽を被ってカラーグラスをかけてガラが悪くなったビジュアルが私の新たな好みの扉をズドン!した瞬間です。しっかり治安が悪くなるの最高です。私の好きな人たちははポメラニアン(長野博さん)、トイプードル(村上信五さん)、太陽と月のいいとこ取り(塚田僚一さん)、柴犬(加賀楓さん)と、可愛いわんこが並ぶ中、如恵留くんは美青年とサルーキとマフィアの掛け合わせだからやばい。耐性ない。これからどうなるんだろう。

*1:エンディング曲は本当に奇才が爆発していた

本気の愛、A.B.C-Z

「Love Battle TourA.B.C-Z 2018」「Black Sugar」初回B盤、「VS 5」を購入してしまいました。遅えよ。今になって怒涛の勢いでラブバトルコンプリートです。もともとA.B.C-Zは気になる、というか普通に好きだな~という位置にいたのですが、あまりにもラブバトルのDVDが良くて。クレイジーアクセルの如く購入ラッシュのビッグウェーブに乗りました。リアルタイムで追っていた方にとっては何を今更、って感じでしょうが、このA.B.C-Zが作り上げた作品を多くの人に見て欲しいのです。できればジャニーズというカルチャーそのものを愛している人、*1そしてもっと言えば、「ジャニーズとしてのA.B.C-Z」を前提にしてA.B.C-Zを見ていた私のような方にこそ見てほしいライブだと思い、ラブバトル三部作と銘打ちまして、3つの作品の感想を縦横無尽に書き連ねます。カオス!ともかく、A.B.C-Zは最高でした!!!!!そういうブログです。超〜文字多いです。書いてて気づいたんですけど、私長文書くの好きなんですよね...作品作ってるみたいで...迷惑な癖...

 

 

 

 

 

私がA.B.C-Zのライブに興味を持ったきっかけは、シングル「JOYしたいキモチ」でした。えびはジャニーズを愛しジャニーズに愛されているグループだな、というのが単純にそれまでえびに抱いていた印象でした。私はえびを「ジャニーズ伝説’13」→「from ABC to Z」→「ABC STAR LINE」の順番で知っていきました。見返すと、相当ジャニーズ色が濃いチョイスだと思います。ジャニーズ色については後述しますが、この流れでえびの作品に触れたこともあり、えびはジャニーズクラシック、ストーリー性の高いショー用の楽曲、ライブ向けの曲が多い印象でした。

ジョイポリスとのコラボを聞いたとき、ツイッターでファンの方々が「急にどうした!?」と混乱&高揚した空気だったのを思い出し、なんか面白いことが起こってたな〜とヲタクセンサーが反応し、その流れで「JOYしたいキモチ」を買いました。

この曲について、あらゆる皆様怒らないでほしいんですけど。歌詞を見ながら聴いたとき、SMAPが歌ってそうだな、と思いました。怒らないで!!あくまで私の感想!!そりゃ別物、それぞれ唯一無二なのは百も承知ですが!!冒頭の脱力感、普通の日常の中から切り取ったものを特別な風景や思い出に変える力、いい意味でくだらない思い出が確かに幸せにつながる情景描写、そしてその幸せから切ないを抱えて終わりに向かうまでを描き、続くのは明日という地続きの人生観、これらを感じ、すまっぽいとちょっとびっくりしました。*2

その前のシングルでの、忘年会のジャケとクリスマスと終電を組み合わせる技にずいぶんトンチキいってんな、と思ったのですが、JOYしたいキモチを聴いて、知らない間にジャニーズにのステージの上だけには収まらないもっと広い視点を獲得し、日常を送る人に贈る歌を歌うようになっていたのかと、ジャニーズを背負うえび、というそれまでの印象から、A.B.C-Zそのものに興味がわきました。

 

 

こっから3作品を横断して感想で〜す

 

 

橋本くん&卍ハシ子卍&はしちゃん

 

初日のステージに向かう言葉が「チャラついてくるわ」なの最高じゃん???最高にギャル。塚リカちゃんが出たライブではヤンキーだったらしいですが、はしちゃんはヤンキーじゃなくてギャルです。…なんだろ、可愛げがあるからかな。

そんな最高のギャルですが、会場を煽るのがめっちゃ上手かったです。MCは河合くんが回しているのは知っていたので、そういう役割は河合くんがするもんだと思っていたのですが、違いました。河合くんがまとめるだとしたら橋本くんは引き上げるみたいな。こんなに煽るのか!とびっくりしました。さすがセンターでありエースだなと。

強力なセンター力を感じたのは、「Future Light」のPV、ラスサビ後にえび4人とバックのSnow Manの計10人が一斉に側転する中、一人だけまっすぐにこちらを見て歌う姿を見せつけられて、とんでもないセンター力だなと思いました。ライブの時、4人をバックにしてる時よりもPVの方がより強くて、この人は将来どこまでいっても真ん中に立つんだろうな...と震えました。少クラだったかで、京本くんとジェシーのバックでえびとふぉ~ゆ~が踊ったんでしたっけ?その時にどなたかがツイートで橋本くんのセンター力について言っていたのですが、やっぱり橋本くんの中心になれる立ち振る舞いはすごい。

LBTA.B.C-Z結成10年を冠したライブツアーですが、ジャニーズ伝説からえびを知った私は、とても重みを感じたというか、はっしー本当に入ってくれてありがとうね...という気持ちでいっぱいです。「明日のために僕がいる」を、当時よりさらに年月が経ったはっしーが歌うのエッモ...

 

 

 

 

 

の供給がヤッベエ

8歳差コンビ。最年長と最年少のコンビが嫌いなヲタクが居るわけがない(クソデカ主語)大体私は、最大年齢差9歳のグループを推しているのだ。*3我が軍の方は互いにどう接すればいいかわからなくなっている空気で長年やっているため、あの、供給があるって幸せなことだからね!!!

それが「Get you!」というユニットソングでゴリゴリに絡んだり、花道で絡んだり、ピーターパンしたり。ピーターパンに関しては、土台を橋本くんがやるってのが最高です。

あと、ジャニーズあるある、最年少が一番でかくなる図を見れて幸せでした...V6はカミングセンチメートルなもんで...それも可愛いんだけどね...

 

 

 

河合くん

ラブバトル特典の面白く水を飲む件で、一人会場を盛り上げようと絡むも団体芸によって華麗なスルーを喰らって「いいんだな...」つってる場面、あそこあまりに美しくなかったですか?ライトの関係で褪せた色味の会場の中、台座の上からステージ上のメンバーを見下ろす伏目、凛々しいけれど鋭すぎない切れ長の目、でかいくりくりの黒目、鼻筋の通った鼻、そしてエロい下唇。ヤッバ。。。顔の下半身がブサイクつったの誰だよ???(A:ジャニーさん!!!)(...)

そして表情の付け方が豊かで繊細!はっしーはセンターの顔をして立っているとしたら、河合くんは主人公の顔をしている、みたいなまっすぐさが眩しいです。

で、河合くん、尊先(で使い方あってます?)に木村拓哉松本潤を挙げるだけあってかっこつける表情が上手いというか、いい意味でかっこつけた自分に陶酔してる感じが好きなのですが、*4それらの完コピじゃなくて自分のものにしてるから強いんですよね。「Future Light」のPVとかでもあったんですけど、下向いて笑うの、あれわかってやってるんですかね。河合くんの笑い方、歯が見えるように笑うから不敵な感じもするのですが、どこか一人遊びが楽しくて笑う子供みたいな雰囲気もあって、最強と無防備のブレンドが危うくてヤバい。髪長めで前髪分けてると、マジ“美”の圧がすっごい。気づいたら霧で囲まれているみたいな、じわじわとわぁぁ綺麗な顔...ってなる。あと私のフェチポイントとしては、ワンモアキスでのクセが強いターンです。なんか見ててニコニコしゃちゃう...

 

 

 

 

塚ちゃん

塚ちゃんはわかりやすいキャラクターを持っている人だと思いますが、MCとか、会話の中で表れる面白さとして、明快なマジレッサーなとこがすごい好きです。核心の付き方がすごい速度。

ABC STAR LINEで「へそのお」を聴いたときから、塚ちゃんの高音めっちゃきれいだなーと思っていたのですが、「Future Light」のサビ前「we can go!」とか、「誰のものでもないこの道を」の「生きていくよo-o-o」の高音がマジでよかったです。えびの中でも特にアクロバットリーダーだから、動きに注目されがちなんでしょうど、塚ちゃんの声、もっと知れ渡って欲しいなー!ブラシュガでもそうだけど、塚ちゃんの声、はっしーとは違う種類の甘い声の持ち主ですよね?ヤッベえ...

で、塚ちゃんと言えばアクロバットですが、塚ちゃんのダンスも好きです。キャラクターのイメージ通り大胆な踊りかと思いきやとても丁寧に踊る人でした。手、頭、首をきちんと振るところがすごい好きです。

歌も好き、ダンスも好きときて、私塚ちゃんのビジュアルも相当刺さりました。フルコンボ。もはやフルボッコの方が適切な表現かもしれないです。CD特典のジャケット撮影で着ていた、襟ぐりの広いシャツの似合い方がヤバかったです...。首周りを露出させることで顔回りピンポイントじゃなくて全体像がエロくなるみたいな...いわゆるPDなんですかね?それとも私の感性...?

一転、メロディー先生に関しては、とにかく意味がわからない。本当にわからない。本当に太ももパツンパツン。「Black Sugar」の方のお仕置きで、メンバー含めて会場全員を騙したのはマジで天才だと思いました。「アナタ達知らない間に私(が私を)撮ったんだから!」「はい、犯罪かくてーい(棒)(しかしスマイル)」で本気で警戒している中、完璧なオチをつけてみせたメロディー先生。とっつーが握手を求める気持ちもわかる。むしろ私の感情を代弁してくれてありがとう。で、とっつーが先生を拝んだ後引きの映像になるのですが、そこで会場全体が虹色のライティングをされているのに気付いた時爆笑してしまいました。まごうことなきカオス。しかし、ヤバいのはヤバいのですが、それでもすげえなと思うのは内容の絶妙さがあるからです。お仕置き、全て把握してるわけじゃ無いけど、内容のチョイスがうまい。ヲタクのツボをきちんとついてくるのと、とんでもない爆弾を投下してくるのと、バランスがいいと思います。そこからも垣間見えるように、飛び道具的なポジションとポテンシャルを持っている人だと思っていたけれど、ドキュメンタリー部分で語られる内容がことごとく冷静で真摯で、エンターテイメントの人だということを知りました。

と思ったら昔働いてたお店のコロッケつって出演したドラマのお店に寄って差し入れ買ってきたの...いい子...

 

 

 

 

とっつー

ジャニーズのプードル枠つったら村上信五なのは世の常識なのですが、「Future Light」PVの髪の長さとヘアセットだと、とっつーもプードルでした。スタンダードプードル的な高貴さのあるプードル。そして、言うまでもないことですが、マジで整った顔してますよね...

私はとっつーについて、はちゃめちゃに美しい顔とパンクな魂を持っている、(色々な意味を詰め込んだ)ヤバい人という認識を持っていました。そのヤバい、の中にはとっつーのクリエイトの凄さについてもあって、「ずっとLOVE」や「5 Rings」の作詞がとっつーと知った時にとても驚きました。言葉の持つ、視覚や聴覚、感覚までもを体感させる力を知っている人、鋭い感覚を持つ人の詞だと思いました。

歌い踊るとっつーを見て、彼の中で歌と踊りの境界はなく、すべて等しく表現で、情熱そのものなのだと感じました。とっつーの最大の魅力は、常に炎が燃えているような情熱を表現にぶつけてくるところだと思います。例えばはっしーの持っているような、周りを引っ張り上げる勢いではなくて、人に直接は見せなくとも伝わり、逆にこちらから目を向けたくなる、知りたくなるような熱さを持っている。「命よ爆ぜろ 君の形に」の詞を聴いた時、これを内側に飼っているってなんて恐ろしい人なんだと思いました。考えて考えて、内側に向かい続けた矢印が深さも勢いもそのままに自分を突き破って外に出ていったような人で、時にそれに振り回されたりしながら乗りこなす、そういう表現をするのが本当に魅力的だと思います。たまたま人のかたちに生まれてきた愛というコピー、これが本当に似合う。

 

 

 

五関くん

10周年パネルのときの五関さん「なになにぃ(困り嬉しい笑い)」を見たとき、こうやって人は五関さんに堕ちていくのか...と最強の沼であることを察しました。また、子メロディ―になるとき、ある男性スタッフさんが半笑いで「オネガイシマァスw」みたいに言ったと思ったらステージに行くときに別の男性スタッフさんに「お、いいねごっち」と声を掛けられていたの、一見笑える映像ですが、愛され体質の極みというか、寵愛という言葉が似合いそうな、高貴なペットを可愛がっているような、対人間ではないなんだかやべえタイプの愛情のかけられ方を感じ取ってしまい、これが五関様か...と神の力を悟りました。

五関くんと言ったらダンスがやべえ!というマジカルバナナ的なのがあるのはもう重々承知だったのですが、ほんとにやばいです。ダンスが凄いのに、踊ることが体に馴染み過ぎてて、もはや普通に立ってる方が浮世離れ感がある気がしてきました。あと前に誰かが「人より関節が多くないとできない動きをする」と言っていたのですが、それな!!!という気づきを得ました。滑らかというか、全身が弓みたいなしなり方をしててまじでどうなってるん?どんなに激しい振り付けでも、何も雑味にならずにただただ美しさになるのがまじで凄い。そして、踊りには雑味がないのに、似合う雰囲気は「Steal Your Lips」的な俗っぽさのある曲という。あらゆる欲望のてんこ盛りに答えるポテンシャルが高すぎてどうしましょうね?

五関くんって脚でカウントを取るのが癖だと思うんですけど、それに注目してると今まで聴こえなかった音が沢山聴こえて、聴覚と体の神経の回路を教えて欲しい。単に音だけじゃなく、楽器の雰囲気も体から聞こえてくるから、生演奏の中で踊るのを見たいな...

 

 

 

 

 

 

戸塚田という奇跡

A.B.C時代は河五、戸塚田のシンメだったそうで。現在も相性がいいコンビなんだなと感じました。で、戸塚田。河五は肩を並べてだとしたら、戸塚田は真っ向勝負みたいな面白さ、そして尊さがあります。

戸塚田、とにかく小競り合いがしょっちゅう起こる。出会って優に10年以上経つ成人男性同士とは思えない頻度です。決して全て大きいわけではないけれど、しょっちゅうやってる。これがA.B.C-Zにとっての日常なのかというくらい、当たり前にやってる。

一番面白かった(茶化す意味じゃなくこいつら面白えというニュアンス)小競り合いは、ラブバトルのドキュメンタリーで、振り付けを間違えるとっつーと指摘する塚ちゃんのやりとりです。カメラを介して言い合ってる、「ファンの皆さん見てます?こいつこうなんですよ」的なやつかと思ったら、とっつーがちらちら塚ちゃんを見て言い合ってるんですよ。映像として撮られているし、カメラマンに話しかけながらやってるけれど、あくまでもこの2人のやりとりは一対一だということを見せつけられました。本気と真面目、感情と冷静のバトル。ライブなんだから生を届けるのだ、間違ってもそれごと届けるのだ!というとっつーに、冷静に振り付けと歌割りっていうルールがあるからね、と突っ込む塚ちゃん。まだ何か言いたそうなとっつーをまっすぐ見ながら突然話の途中で塩分チャージする塚ちゃん。とっつーが何食ってんだよ!(話の途中だろうが!)塩分チャージのやつ。(丁寧に食ってるものをお知らせ)という絶妙な噛み合わなさ。とっつーのおおん...!なリアクションで終わったの笑いました。そして映像はそれだけで終わらず、小競り合いシーンからの肩を並べてステージに向かう映像に続きます。戸塚田、あまりに美しい物語。そして結局、塚ちゃんに指摘されていたように振りを間違えるとっつー。あまりに綺麗なオチ。

 

 

 

 

 

 

 

前述した通り、私はジャニーズ伝説‘13からA.B.C-Zを知りました。初めてがその作品だったから、というのもあるかも知れませんが、A.B.C-Zに対してその印象が強く、長いことA.B.C-Zの印象はジャニーズの舞台の人、でした。

ジャニーズ伝説については以前ブログで書いたのですが、A.B.C-Zがあの舞台の主演を任されたのは、えびはジャニーズのエンターテイメントの流れを汲んだパフォーマンスをできるジャニーズであるから。また、ジャニーズのテーマであり、またジャニーズという集団にとって始まりであり重要な歴史である初代ジャニーズと重なる歴史を持ってるからかな、と解釈しました。だからこそ、ジャニーズの名前がそのまま入った舞台の主演を何度も務め、ジャニーさん役を任されるまでにジャニーズから愛されているのでしょう。A.B.C-Zはジャニーズの歴史を持つものとしてあまりに魅力的だから、ジャニーズを好きでA.B.C-Zの歴史を知っている人こそ、A.B.C-Zを見るとき「ジャニーズ」の冠を一緒に見てしまう(敢えて見てしまう、と書きます)のだと思います。

 今回三部作を見て、A.B.C-Zはもう既に、ジャニーズを愛し愛されただけでは収まらないところにいることを感じました。A.B.C-ZA.B.C-Zとしての個性を持ち、ブランドを持ち、A.B.C-Zしか出せない魅力を持ち、A.B.C-Zにしか作ることのできないものを持っているのです。当たり前の話だけど、それが広く知られたらもっと面白くなっていくよね、と思います。

 

 

 

 


クリエイトをするだけじゃなく生むこともする、そのための人を集める力

 

ジャニーズの文化にバックがあるのは広く知られていることだと思います。外注せずに自分たちのところのタレントを同じステージに立たせるバック文化は、つまりジャニーズ内での縦のつながりを作ること(そしてバックにとっては顔を売るチャンス)に由来すると考えています。

私は2015年のV6からは始まり、V6の他にNEWS、関ジャニ∞、JUMP、キスマイ、セクゾジャニーズWESTのライブをこれまでに見てきたのですが、*5今、ジャニーズのつながりをここまでフル活用するのはかなり珍しいのではないかと思います。例えば、ジュニアが担ってきたバックダンサーを外部ダンサーに委託したり、振付ができるメンバーが自分たちの曲の振付をしたりするのは今や珍しいことではありません。それがえび、今回の3部作で確認できただけでも、

 

  • 「Future Light」のPVででバックにSnow Manを起用
  • 同じく「Future Light」で振付にふぉ~ゆ~福田悠太さん起用
  • NEWSまっすーによるライブ衣装制作
  • ライブ映像を滝チャンネルから借りる(これもジャニーズ内の提供だよ!そういうことにした!)

 

と、自グループのみではなく、ジャニーズ内から様々なジャンルで制作のパートナーを終結させています。自分たちが持つ武器や要素だけを選んで作るライブの凄さを今まで見てきましたが、逆にジャニーズのエンターテイメントを体感として知っているジャニーズに属する人たちを、いわゆるジャニーズ舞台ではなく、1アイドルのライブとそれに関わる作品に向けて1つのところに集める凄さ、つながりを仕事や作品に持っていくのがすごいと思います。

その集める力は自分たちのライブというフィールドから外にも向きます。ABC座として公演されていたジャニーズ伝説から外部の手が加わった「応援屋!!」が誕生し、そこで少年隊のために温められ続けられたマジもんの名曲「One More Kiss」を受け継ぐ、ジョイポリスとのコラボなど、資源(技術や期待値)など、ジャニーズの枠から出たところでも存分に生かす仕事につながる。広がる力、方向がとても面白いと思います。

 

 

 

 

根っこがエンターテイメント集団

どんだけはちゃめちゃに見えることをやっていても、最終的に彼らのパフォーマンスが行き着くのは観客のためである、ということが感じられるんです。需要のくみ取り方とそれを受けての表現がうまいというか。はじける場面でも、必死に見える場面でも、見られているという意識は絶対に手放さない冷静さを全員が持っているように感じます。魅せるのが上手いし、観られるのが上手い。私の感覚なんですけどねー、あれだけ情熱の人であるとっつーも観客がいる、というのは絶対に意識から外さないように見えるんですよ。そういう意味で、めちゃめちゃファンが大切にされているなと思います。そして、観客を楽しませようとして生まれたものでたまたま自分たちも楽しんだ(メロディー先生とか)光景がめっちゃ幸せそのものです。そんなエンターテイメント集団だからこそ、(他がどうとかいう意図は全くないのですが)えびのライブ、楽しくない瞬間というか、ストレスを感じる瞬間がないんです。自担であるヒロシナガノが、相手と食事に行くときに好きなものではなく嫌いなものを聞く、その方がテンションが下がることもないし、という内容のことを話していて。そんな感じの気遣い、もてなしを感じました。

また、A.B.C-Zの大きな武器であるアクロバットを、毎年更新できる技術も凄いです。関ジャムで紹介された「Rock With You」で特別に作られたアクロバットとか、「Black Sugar」の涅槃バットとか。また、ライブでの装置も本当にすごいです。WSで見かける度にすごいことやってるな、と思っていたのですが、今回LBTでのアクロバット装置は、今までの派手な装置よりはシンプルなものですが、動きがめちゃめちゃきれいで、「Like a blow」の世界観でとても映えます。ライブ構成でも、舞台で培ったショーイズムを組み込む技術がすごいです。そして!ROUND1のSHOWTIMEはマジ全ジャニヲタが好きなやつ!

で、ラブバトルの演出で一番感動したのは、「好きなんだ...」の前のつなぎ部分で五関くんの無音芝居を組み込んできたところです。こういうのが嘘くさくならない、むしろ決まるのがジャニーズの血とA.B.C-Zのバックボーンを感じてマジ最高。

 

 

本気

何よりも、A.B.C-Zの本気が、本当に全てを本気でやっていることが伝わったらな、なんて思います。作品を通して見て、歌うのも踊るのも、笑わせるのも驚かせるものも、ステージの上で見せるもの、それに続く過程も含め全て本気でやっている人たちだと感じました。根性というわかりやすい泥臭さではなく、ひたむきという姿勢の方が似合う表現でしょうか。ただこれは、初見だけではっきり魅力だと感じ取れるほどわかりやすいものではないと思います。作品に触れて、知っていくうちに感じるものです。

本気ってぶっちゃけ、計れるものではないじゃないですか。判断基準はその人にしかないものです。そして、彼らに限らず、本気でいることとファンの求める形は必ずしもいつでも一致するものではありません。でも、この人たちに嘘はないと信じさせる前向きな力は、そう簡単に出せるものではありません。A.B.C-Zは本気で愛について考えているし、愛を確かめてるし、その方法は間違いなく戦いというのが、今のA.B.C-Zに似合う全力の答えなのだと思います。内側に持っているものを外にもわかりやすくするのが正しいことなのかはわかりません。成長や大きくなる過程で、ポップというわかりやすさに形を変えていくものなのかもしれません。でも、どうかA.B.C-Zの中心にはずっと本気の愛があってほしいし、その愛を持ったまま大きくなっていく未来を見たいと思いました。

 

 

 

PS.なんか冷静な感じで締めましたけど、沼まであと0.5秒くらいの淵までいます。塚ちゃんのダンスと歌声がすっっっっっっごい好きです。何かおすすめの円盤や胸熱のエピなどございましたら、力強く背中を蹴飛ばしてください。待ってます。

 

 

 

 

 

 

*1:こう書くと、てめえは本当にわかってんのかと言われそうな高慢だなと自分で書いてて思いますが、きちんと明文化できるくらいにジャニーズをこれからも愛していきたい所存です

*2:個人的に、「たいせつ」「Let It Be」「夜空ノムコウ」辺りの空気感と近いなーなんて思いました

*3:48歳と39歳だよ!アイドルってすごい!

*4:マイキス...でバッチバチにキめた後、嬉しくなっちゃってスキップで移動してるのをバッチリ五関くんに見られてたのはただただぺろいし、それを受けての塚ちゃん「背伸びしちゃった?」はごめんね、あまりに草

*5:改めて書くとすんげえDD…

フラワーデモ 6.11

フラワーデモ6.11、参加してきました。

人生初めてのデモで、何をするのかもよくわからないし、正直会場に向かうのも怖かったです。詳しいことは後述しますが、私が行ってもいいのかな、とも思いました。ただ、性暴力、性犯罪について理不尽なことが頻繁に、腹立たしいことに頻繁に起こる今の日本で、声を上げることを経験しないと、自分も含めて誰も守れなくなるんじゃないだろうか。そう思って、参加を決めました。

 

 

斜め前に立っていた参加者がマイクを持って話しました。その方は性被害に遭った経験を告白し、加害者を殺したいと思うほど憎んだ、と言いました。殺したい、という単語を人の口から聞いたことがありますか?ツイッターでは見たことがあり、文字で表された思いを軽視するつもりは全くないけれど、目の前の人がそう話すことのとてつもない重みを感じました。そして、それだけのことをした人が、法で裁かれずにいるのかもしれない、世の中の恐怖、理不尽さを強く覚えました。

私は性被害に遭った人と話したことはないと思っていたけど、そんなことは私にはわからない ことだと、ようやく気づきました。さっきまで一緒にスピーチを聞いている人、とだけ思っていた人がマイクを持ち、自身の経験を語り出した時、目の前で話している人は、性暴力に遭った過去を持っていて、というのを目の当たりにした時、社会の問題と自分を分断できるわけがないと気づきました。そして、性犯罪があまりにも身近なものであることを思い知らされて、涙が出ました。あの場にいた人たちは、性別も年齢も社会的立場も様々で、そこにいる皆が話を聞こうとしていて、それが救いでした。

 

 

今回参加するまで、デモはもっと激しいものだと思っていました。しかし実際参加してみると想像とは違い、私たちの声を聞いて、という主張の場でした。ただ、聞いてなんて優しいものではありません。静かな声、涙声、憤りの声の裏には、辛い、許せない、私の尊厳を奪うな、というその人の抱えてきた人生がありました。マイクを持つ人の悲しみ、そして問題を真正面から見てやるという静かな気迫を、会場の空気の強さを、場に行き、直に顔を見て声を聞くことで感じる思いがありました。横断幕の下に置かれたプラカードの「私たちは黙らない」の言葉がとても重かったです。 悪いのは加害者という当たり前のことが何故か聞き入れられないことが多々ある今、黙らないことの持つ力はあまりに大きいものだと思いました。

今回仙台デモに参加しましたが、発起人は私と同い年の方でした。スピーチをした人の中には私より年下の方もいました。スピーチをしたのは下の世代のためでもある、と言った方もいました。問題は決して人事ではないことを教わり、やっと本当に自分ごとと捉えることができたように思います。語られた性暴力は単なる事例ではない、社会に昔も今も存在する現実なのだと思い知らされました。

 

 

知らないということは本当に恐ろしいことだな、と思いました。自分はもちろん、誰もが守られて、理不尽な仕打ちを受けることがあってはならない、だから知識、倫理といったもの持たなければならないのだと思いました。

そして、声を上げることを恐れる余裕はないな、とも思いました。行動するためにも、声を上げ聞く場が必要ということを実感しました。次回もフラワーデモが開催されるなら参加しようと思います。その時には、今日以上に話を聞き、考え、声を上げられるようにしなければ、と思いました。

 

 

 

 

 

繋がり

 

shibutanisubaru.com

 

 

久しぶりにすばるさんが歌う姿を見たように思います。関ジャムでのLIFE以来、実に約10か月ぶりでしょうか。関ジャニ∞を背負わないで立つ姿を見るのはこれが初めてかもしれないです。

 

 

 

 

ASIAN KUNG-FU GENERATIONをご存知でしょうか。言わずと知れたロックバンドです。「リライト」「ソラニン」などの有名曲を多く持つバンドです。私は「フィードバックファイル2」辺りをリアルタイムで聴いていました。

アジカンのボーカルギターの後藤さんは、Gotch名義でのソロプロジェクト行っています。それまでアジカンの中にいる後藤さんの歌しか知らなかったので、初めて聴いたとき、あまりにやわらかい音と歌声に衝撃を受けたのを覚えています。まるで後藤さんの内臓を見せられたような、プライベートな生々しいものを見せられているような恥ずかしさ、若干の居心地の悪さ、こんなものも好きだったんだと、知らなかった一面を見れた喜びを感じました。

 

 

 

映像の中ですばるさんが歌うのを見て聴いて、その時と同じような感覚を覚えました。そして、私は自分が思っていた以上にすばるさんのことを知らなかったんだなと思いました。私が知っていたすばるさんは、年々丸くなっていったとは言え、長年関ジャニ∞の心臓としてフロントに立ってきた鋭さをずっと持っている、そして一人で立ち、話すにはどこか危なっかしさがある人でした。

あの歌を聴いて、すばるさんのやわらかい部分を見せられて、言葉という脳みそを見せられて、いよいよ、というかやっと、すばるさんがアイドルから旅立っていったことを理解しました。

最初は外から与えられた言葉だったものを、時間、経験、思いを確実に積み重ねて、やがて替えの利かない自分たちの血肉に、歴史に、言葉に、思いにしていく。その過程がアイドルであり、まさにあの時のLIFEでそのことを思い知らされました。

これからすばるさんが歌って表現するものは、初めから自分の内側で生み育てたもので、そして初めから終わりまでずっとすばるさんのためのものなんだろうなと、やっとわかりました。

 

 

 

 

 

 

私は、「今の」関ジャニ∞は6人だということは割と早い段階で受け入れられた方だと思います。時間が全てではないことは承知の上ですが、私は関ジャニ∞のファン歴としては7人時代よりも6人時代の方が既に長いです。私は今の関ジャニ∞が好きです。でも、7人でいたあの3か月をファンとして追いかけられたからもっと関ジャニ∞を好きになったと思うし、あの事がなかったら関ジャニ∞のファンになっていたのか。もしかしたらそうではなかったかもしれません。

 

 

 

 

すばるさんは関ジャニ∞であったことを抱えたままこれからも歌い、関ジャニ∞はすばるさんがいたことを切り捨てることなく抱えたままこれからも歌っていく。ジャニーズ史上一番円満な関係だと言われていて、私もそうだと思うけれど、正直その関係性が理解できなくて、少し戸惑っていました。それはただ私が不器用なせいです。完全に別の道を歩くことを決めた、村上さんの言葉を借りると袂を別つ決断をしたのに、関ジャニ∞は7人だと思っていると言う。関ジャニ∞をもう6人としか見ることができなくなり、すばるさんがいる7人の映像を見るのが辛くなってしまった私は、勝手にすばるさんを切り捨ててしまっていた気がして、とても申し訳ない気持ちになりました。

 

 

あの映像の中ですばるさんは大人に囲まれて、一人で周りの人と会話して、文字に起こせば標準語になる言葉を話して。でもイントネーションは確かに関西弁のままで。そしてテレビで見る関ジャニ∞の6人もいつも通りに関西弁を喋っている。

何か、それに気づいたら気が楽になったと言うか、だいぶ目に見える繋がりに固執していたなと思いました。そして自分が思っていた以上に、やっぱり別れが寂しかったんだろうなとも思いました。しかし、6人とすばるさんは同じ言葉を話すし、音楽という同じ言葉も持っている。全て続いていることなんだと。

 

 

 

 

実は、関ジャニ∞のファンになる前、私がすばるさんを一番最初に認識したのはソロ活動の方、「歌」をリリースした時で、一人で歌うすばるさんのことは前から知っていました。好きという感覚を持ったのは、関ジャニ∞の中ではすばるさんが一番最初だったことを思い出しました。リリースされた当時、桑田さんのラジオ、夜遊びリスナーだった私は、まさかマンピーを歌うジャニーズがいるとは思ってもおらず、それは聴いてみたいと思い「歌」を借りて聴きました。マンピーの素晴らしさはもちろん、「元気を出して」の声がとても好きでした。その時のすばるさんと今1人で立つすばるさんの帰る場所はもう違うけれど、同じ歴史を持っている。環境は変わりましたが、すばるさんも関ジャニ∞も生まれ変わったわけではなく、地続きの今があることを示しているし、そう思うことも許してくれる。その時の血は今のすばるさんの中にも流れていることを教えてもらったし、6人はすばるさんのことを忘れるわけがないことを再確認して、ようやく捻くれずに関ジャニ∞を、そして関ジャニ∞という繋がりをこれからも愛していけると思いました。

すばるさんに対しても6人に対しても、大丈夫なの?と言うのはもう余計なお世話だし、あまりに高慢なことだと思いました。それぞれがそれぞれのペースで、誰かに支えられながらこれからの道を歩いていくのでしょう。6人を関ジャニ∞と思うことと、アイドルではないすばるさんも6人と繋がっているとは両立する。どうか、関ジャニ∞も、すばるさんも、地続きの歴史を愛して、それぞれの物語を、人生を作り上げて生きていって欲しい。それらについていくことを選ぶ道を残してくれて、本当にありがとう、これからも改めてよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰のために

 

 

前回のブログを書き終えてからも、まだまだGR8ESTを見ています。最近はMC集をラジオ感覚で日々つけて流し見して、丸山さんのギャグで変な気持ちにされています。てかマジでびびったんですけど、2時間越えのMC集を含むDVD4枚で6500円って何事?これが噂のテイチクの名残ってやつですか?これが通常運営なんですか?

で、MC集を見ていて、改めて安田さんって器用な人だなと思いました。安田さんが器用だということは色々なところで言われているのを知っていましたが、この人の器用さは、関ジャニ∞の中にいるからこそ生きる独特なものだなと思いました。その諸々について思ったことを書きます。あっちこっち行く文章なので、そんな感じで。

 

 

 

 実は、GR8ESTに加え「関ジャニズム」と「JAM」のDVDも買いました。どうした???何が起こった???つって自分でもびっくりですが、ともかく我が家には今、関ジャニ∞のライブDVDが3枚あります。*17人と6人、それぞれの形を見比べたりしているのですが、6人になってから、安田さんの思う、安田さんの関ジャニ∞バンドにおける立ち位置が謎で仕方がありません。センターだったすばるさんがいなくなった関ジャニ∞バンドを見ていると、丸山さん、大倉さんはリズム隊、横山さん、村上さんは彩り、そしてすばるさんがいたときは彼を中心に亮ちゃんと安田さんが対、というのが一つの型だったと思います。7人の関ジャニ∞は、すばるさんがあまりに圧倒的だったから、「NOROSHI」ではすばるさんと亮ちゃん、「象」ではすばるさんと安田さん、そして「All is well」ではすばるさんを真ん中に亮ちゃんと安田さん、というのが、バンドスタイル、音楽を届けるという場面での、定石じゃないですけど、まとまりなのかな?と感じていました。

6人体制になってから特に、亮ちゃんは安田さんを相棒として見るようになったのかなと思います。それまでも、新年会で「同い年だから」という旨のことを話していたように、同年齢というくくりでの仲間意識はあったのだと思いますが、「All you need is laugh」共作の流れであったり、ツインギターになり、先日のQUEEN回の関ジャムでのセッションのように、関ジャニ∞バンドにおける両翼になったのかな、と思います。でも、安田さんは亮ちゃんのことをそう見ているか?というか、同じポジションであるとは思っていなさそうだな、と思います。関ジャニ∞という相当濃い人間関係の中で、関ジャニ∞のメンバーとして安田さんと並ぶ人っているのかな?と思いました。

 

 

 

本筋に戻ります。

6人になってから、関ジャニ∞バンドを表立って引っ張っているのは亮ちゃんだと感じました。バンド演奏における情熱を伝える役割は、歌そのものだったり歌い方だったり、色々あります。特にあのライブの亮ちゃんの歌には、自分が音楽を引っ張らなければという張り詰めた緊張感、関ジャニ∞に対する責任感を感じました。

面白い、と言ったら違う伝わり方をしそうですが、バンドでは俺がセンターだ、くらいの荒々しい気概を感じるのに、MCや曲間のつなぎ、次の曲への振りコメントになると、そういったかっこつけができず冷静なテンションに戻るのが、すごくらしいなと思いました。丸山さんの元気印を受けて、と言うよりもその流れを思いっきりぶった切って「ココロ空モヨウ」に行くのは、亮ちゃんが丸山さんに対してどんだけツンデレかということを知っていても、ただただ不器用な人だなと思いました。

「正直見慣れない景色でしょう。僕らもそうです」「でもそれは彼のいた証でもある」「ここからの関ジャニ∞はこの6人で進んでいく」「一人一人が背負う関ジャニ∞の割合」「名古屋笑え」、そして遡れば「最後はやっぱりさみしかったね」。亮ちゃんの言葉はずっと強く美しいです。彼の言葉は、ほしい言葉をくれるけど、こっちの意図を組んだわけじゃない、あくまで亮ちゃんをスタートとした発信でしかないように感じてきました。亮ちゃんにとっての言葉は、少なくともファンに向けるものはエンターテインメントではなく、聞いてほしいことだったり心の内を告げるものなのかなと思います。だからその分、音楽を奏でるときの気迫につながるのだと思います。

 

 

 

「ココロ空モヨウ」のイントロを亮ちゃんが弾いた後、次いで大倉さんのドラム、村上さんのキーボードのフレーズがあるのですが、後半でちょこちょこ丸山さんと安田さんがそれぞれを指さしてアピールするようになります。こういう遊び、余裕をできる人って限られていると思います。丸山さんは自分のエンターテイメント、持ちネタとしてできる、大倉さんはやるかもしれない、村上さんは多分ニコニコしているか一人で踊っている、横山さんはやらない、そして亮ちゃんはやらないというかできないタイプかな、なんて思います。*2

 

 

東京公演の1番最初だから9/6でしょうか。その「ココロ空モヨウ」に行くくだりで、大倉さんを煽り村上さんを煽り、その流れで自然に「ヘーイ!」を言えるのって、安田さんだけなんじゃないかな、と思いました。

ここでの「ヘーイ!」は、演奏していて気持ちよくてつい出てきたというよりも、聴衆、ファンに向けて場を盛り上げるためのきっかけ、C&Rに近いもののように感じました。GR8EST、JAMを見ていて、安田さんの煽りのセリフは熱い言葉で構成されて、勢いを作り、そしてきちんと会場全体をその感情に巻き込む役割を持っているな、と感じました。 ファン歴が浅い人間が何を、って感じですが、バラエティーで垣間見える常人離れした感覚だったり、関ジャムで気持ちよさそうに弾いたり曲に入り込んで演奏する姿を見て、私は安田さんを感覚の人だと思っていました。でも、ライブ作品を観たり曲のことを知ったりしていくにつれ、アイドルとしての安田さんの器用さに気づかされました。

安田さんのセリフ、煽り、言葉は、安田さんの感情がそのまま出て、それで思う存分キャーを言ったり感動したりできるものだと思っていました。でもそうではなく、それらは完全に計算されて生まれたものなのだと思います。ファンに「キャー」を言わせるセリフ、しぐさ、煽り、目線。これらを生み出すのが安田さんはとても上手いです。しかしそれは安田さんに限ったことではなく、例えばJAMを見ると、すばるさんもそれらを生むのが上手いです。「WASABI」とか特にそうです。けれど、すばるさんのそれらは、もちろん見られることを前提にされた(であろう)ものもありつつ、バンドスタイルの場面では、自分のための表現である割合が多いように感じました。そして、冒頭の亮ちゃんの言葉についてとも通ずるのですが、二人にとって表現とは自分のためのツール、という位置づけなのかなと思いました。一方安田さんにとって表現は、どんな方法をとっても、完全に受け取り手のためのものなのだと思います。

アーティストとアイドルの一番の違いは、表現を自分のためのものとしているか、他者のためのものにしているかだと私は考えています。バンドはアーティストに分類されると思っているので、楽しみ方に正解も何もないですが、バンドの表現は演者が主体であり、ファンはそれを見て受け取るのが、バンドスタイルの楽しみ方だと思います。逆にアイドル楽曲は、アイドルとファンを曲中の君と僕に当てはめたストーリーが存在するため、一方通行では成立しない性質があると考えています。作品を提示されるだけではなく、演者によって舞台に入れてもらうことが必要があります。これらは違うものですが、両方の要素を持ち合わせ、場面によって使い分けることが可能なものです。

 

 

それを前提に、バンド音楽の中にいればいるほど、安田さんのアイドルとしての器用さが際立つように感じます。性質が違うはずの両方を、自然なグラデーションで行き来することができるのが、安田さんのアイドルとしての凄さです。安田さんはバンドでもアイドルでも、どの場面でもステージ上で圧倒的にホスト役です。ファンを魅了する、言葉を選ばずに言えばキャーキャー言わせたり言葉を失(うほどイケ散らかし)わせたり、はたまた場を盛り上げるために煽るセリフだったり、安田さんの中ではそれらは全てファンに届けることを大前提に、同じところに陳列されているのだと思います。メッセージが込められ、自己表現の意味合いが大きいバンドと、ストーリーを謳い、聞き手のための表現であるアイドル、その両方を持つグループの中で安田さんが表現しているものの境目はとても曖昧です。そう見えるように計算されているのが、面白くも末恐ろしいと思います。間違いなく、安田さんの表現は他者のため、という前提のもとにあります。常にフラットであるともまた違う、安田さんは表現することに対して芯がずっと冷静で、何より他者の存在が決して消えない人なのだと思います。その姿勢は、ステージの上の人であり、ファンがいてその関係が成立するという、あまりにアイドル的なものです。バンドの中で、人間臭い勢いで技術を超え、情熱だったり感情の爆発だったりを見せても、それらは見る側のためであるエンターテイメントである。恐らく本能的ではなく、冷静に考えて組み立てた上でそれらをやっているアイドル安田章大、知れば知るほど、めっちゃ凄くて、面白い人だと思います。

その表現は、安田さんのサービス精神によるものなのか、アイドルとは偶像であるという自覚なのか、そもそも表現の源が自分以外のところにある人なのか、当然私は知り得ません。しかし、安田さんファンの方の言葉を読んだり、雑誌で安田さんの言葉を読んだり、ライブ映像を見たり、そして何があったから、きっかけがどうとは言いませんが、過渡期だったのかもしれない2018年を超えたことで、安田さんの表現は変わっていくのかな、なんて期待しています。アイドルは偶像である、とよく言われていますし、実際私もそう思っていました。でも、少なくとも現代でそうだと言い切ってしまうのは、あまりに乱暴ではないかと思うのです。アイドル「人生」と言うくらいですから、その信念をこれまで貫いてきたことは否定されていいものではないと思います。でも、真面目さ故、頑固さ故にそれらに縛られていたかもしれない安田さんが、ファンのために、他者のために用いていた表現が、これからどこから誰のために向けられるのか。誰かのためのものだった表現が、何を望んだ結果の表現になるのか。そしてクロニクルの涙のように、恐らく沈黙の中にある、あった安田さんの心の内は語られる日は来るのか。それがまっすぐな表現になるのか、それとも今まで以上に器用さを存分に生かして考え抜かれた、アイドル安田章大の作品として見ることになるのか。そしてできることなら、それをバンド音楽の中で、安田さんが考える理想の関ジャニ∞バンドの中で見たいな、と思います。安田さんが中心に立つことを望むのかはわかりませんが、安田さんが心臓になった関ジャニ∞を見てみたいです。関ジャニ∞のためのクリエイト力、そしてアイドルでしか得られない器用さは、もしかしたらこれまで目立ってこなかったのかもしれません。それらを武器に、表舞台に自らを立たせる時が来たら。アイドルだからなんでもできるの段階を超え、アイドルじゃなきゃできないパフォーマンス、そして表現をする関ジャニ∞バンドの中心で安田さんが歌う日が来たら、偶像とドキュメンタリーという相反するものを表現する、新しいアイドル像が誕生するかもしれない、と思います。

 

 

 

 

 

 

「Crystal」多謝台湾盤買ったんですけど、改めて、これもまあ安すぎじゃね???採算とれてる???大丈夫???もっと払うよ???ブイで育ってるもんだから、マジ、金なら出すんで、バッチコイ、押忍

 

*1:そして発売当時に買っていた「なぐりガキBEAT」の新年会映像、さらに「Crystal」も昨日買ったため合わせると映像作品は5枚になります

*2:このやる、やらないは決して良し悪しではなく、タイプの話です。例えばV6はそういう状況におかれたら、坂本さん井ノ原さんしかやらないだろうなと思います。博は微笑んでいるし森田さんは君臨しているし健ちゃんは自分の世界に入っているか井ノ原さんの出方を窺うし岡田さんは博か井ノ原さんに絡みに行ってる