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光を見ている

まるっと愛でる

あなたとあたし

こんにちは。ひやチュウです。寒いっすね。寒くなると道ゆく人のカプウ率、いえ、カップル率が上がって心がより一層凍えて来ます。私は菩薩を目指しているので、彼らとすれ違うときにはなるべく「そうさあくまでも微笑ましい!!心がハートフル!!」と思うように自己暗示をかけているのですが、やっぱり無理でした。嫉妬というか、とにかく自分が悲しい。別にそういう空間を壊そうとは思いませんが、マキシマムザホルモンの「恋のスペルマ」歌ってやろうかなとはちょっと思いました。

 

 

 

 

さて、おそばせながら、SONGSのKinki Kids回、ご覧になりましたか?もうね、NHKに脚向けて寝られません。

で、あれを見て、改めて「愛のかたまり」の良さというか、すごさを思い知りまして。いや、Kinki Kidsの奇跡みにやられまして、今更ではありますが、感想とか、「愛のかたまり」好きだなあとか、その辺諸々を書きなぐりたいと思います。全くタイムリーな内容ではありませんが、どうぞ軽い気持ちで眺めてやってください。

 

 

まず、最初に「硝子の少年」を見て感じたことです。イントロで、腕をクルクル回す振りの前、停止しているところ、光一さんは膝の角度まで固定して、微動にせずにいるのに対し、剛さんは音にノり、リズムにのって動いていました。この差っておもしろいな、と思っていたのですが、後に出てくるライブリハで、何も決まっていないのが、光一さんは「怖い」、剛さんは「楽しい」と捉えているようで、全く正反対で。ソロになると、更に差は如実なものになり、光一さんのソロは「音楽を視覚化」、つまり一目でわかるものへ昇華させたパフォーマンスを、緻密な計算で以って作り上げていて。一方剛さんのソロは、自分を表現する上で音楽は「感じるもの」であり、むしろ一見しただけで理解される、わかりやすいものはあまり使いたくなさそうだなと。だから、わかりやすいポップスではなく、ファンクという手法を選んだのだろうなと思ったりしました。

これは完全に邪推ですが、剛さんって反骨心というか、10代の、若い時に感じていた「大人への反抗心」をずっと抱えていそうだなと。「どうして?」という気持ちを、「なんでこうしなくてはならないんだ」という苛立ちへ敏感に感じ取って変換させていそうだなと。

 

こういうのもあって、剛さんのソロは、観客≧自分たちのような、割と広いところへ向けた表現だなと思います。その場の空気やノリを自分も感じ、共有するべき、そして、そのバンドや観客たちといる一つの空間でも、自分が「堂本剛」である以上、その場の中心に立たなくてはならない、と自然に中心に立っているように感じました。

光一さんは、多分観客がいる以上は、観客>自分です。光一さんにとってライブやショーはあくまでも自分が観客へ見せるもの、という悪い意味ではなくショーへの観念がガッチガチな感じだなと。観客に踏み込ませない代わりに完璧なものを提供するものだと思っているのだろうな、と思いました。

 

 

そして、一人だと表現への考え方が全く正反対な二人が、一方が作曲を、もう一方が作詞をして生まれた曲が「愛のかたまり」です。SONGSを見るまでは、何となく、恋愛ソングかな~と軽く思っていました。全くもってそんなことなかったです。以降、激重深読み野郎が色々喋ります。要約すると「尊い」に四文字に集約されるので、読んだことにして飛ばしてくださって全然オッケーです。重いヲタクの気がある方はどうか、軽い気持ちでどうぞ。

 

 

 

 

この曲は、間違いなく「二人の間だけの歌」です。1番は、あなたを追いかけてしまうあたしの歌(と私は解釈しています)ですが、2番になると、これがもう、キンキを知っていると、ヲタク心が燃え上がってしまうんだなあ。Kinki Kidsのことを歌っているようにしか聴こえません。

 

 

どんなにケンカをしても 価値観のずれが生じても 

1秒で笑顔作れる 武器がある あたしたちには

 

2番の一節ですが、この部分はこの曲で唯一恋愛から遠いところにあるような気がします。恋愛というより、相手を思う気持ちってこうなんだよ、と言っているような。

 

歌詞を見るまでは、「武器」を「とき」だと思っていたのですが、武器と知ってからよりキンキのことだわあと思いました。武器って相手に対して使うものじゃないですか。武器があるということは、「二人VS誰か」もしくは「あなたVSあたしの対峙」なのかなと。

武器をとる、または持っているというのは、経験のことなのか、相性のことなのか。どれにしろ、二人で、二人だけでないと生まれません。1番で、平熱であなたにすがるあたし、が描かれていて、とことん二人以外が排除されて、閉鎖的になっているのが、ここからさらに閉じこもった世界になっていくように思います。あと、このあたりの間奏で鳴っているギターも閉塞感たっぷりに響いていて、よりキンキ感があるなと思いました。

 

 

そして、

変わっていく あなたの姿

どんな形よりも愛しい

 

の歌詞です。キンキやべえと思ったのはここです。

変わっていくあなたの姿が、どんなあなたの形よりも愛おしい。「形」は決まったもの、「姿」は変わり行くものです。恋愛であれキンキのことであれ、相手にそこに留まることを望んでいないのです。ずっと一緒にいる、いたい相手にどんな美しい形になったとしてもそれを留めないで、変わっていってね、そう言っているのです。ここの歌割りは光一さんです。剛さんが、SHOCKを「やり続けて」いる光一さんにあてたメッセージだと思ったら、もうヲタクは崩れ落ちました。すごいなあ。ずっと二人組ゆえに、中々キャラクターなどの変化を作りづらいだろうに、変わらないものを抱えるのが条件としてありながら、それでも動き続けることを、一人の相手へ向けて言ったのか。この思いを共有しあっているKinki Kidsは、やっぱり二人ぼっちを歩き続けて来たのだな、と思いました。

 

 

この曲は、歌詞を見るとなんてキンキのことを歌った曲なんだ、と思わされたのですが、同時にしっかり「あなたとあたしの歌」であるのです。そこのすり替えが非常に上手く、そしてその二人以外は到底入れない世界が確立しているのです。これを作った二人は、一人だと互いに全く違う世界を持っているのに、その二人で作った曲は、もう二人だけの居場所となっている。相手を恋い焦がれるように思い続け、静かにメッセージをたたえるこの曲を改めて好きになった、そしてずっと、二人でやってきたKinki Kidsが好きになったと、そう思いました。

 

 

 

シンメに尊さを感じるのって、少なからずこういう二人だけの世界を持っているからだよなあと。「二人」って不思議な魅力がありますね。そして、キンキへの思いが見事にバーニングアップした私は、Endless SHOCKの申し込みを、このご時世ハガキで無事済ませたのでした。はて、当選するかね。まだ親に言ってないし。ウホォ全部引っくるめて怖い。

 

関係ない話ですが、今回の下書きはまた数学のノートに書いていたのですが、わたくしちょっとテストのお点が悪くて、40人弱のクラスから精鋭部隊に選ばれて、10人しかいないコースに突っ込まれまして。必死にこの下書きを書いていたら、先生に「黒板見ろー」と見事に目を付けられました☆内職の時間返して☆割と顔整ってる人だけど松岡修造を薄めた感じの先生だからツライ☆